東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2109号 判決 1982年5月19日
原告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
金岡昭
外二名
被告
青木亘
右訴訟代理人
鈴木一郎
同
錦織淳
同
浅野憲一
同
高橋耕
同
笠井治
同
佐藤博史
同
黒田純吉
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の建物を明け渡せ。
二 被告は、原告に対し、一九万一七五〇円及び昭和五四年一月一日から別紙物件目録一記載の建物の明渡ずみまで一か月七六七〇円の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、被告の負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録二及び三記載の建物を収去して、同目録一記載の建物を明け渡せ。
2 被告は、原告に対し、一九万一七五〇円及び昭和五四年一月一日から別紙物件目録一記載の建物の明渡ずみまで一か月七六七〇円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、公営住宅法二五条一項、東京都営住宅条例三条に基づき、昭和三六年五月一三日、被告に対し、都営松の木第二住宅のうちの別紙物件目録一記載の建物(以下「本件住宅」という。)を使用させた。
2 被告は、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物増築部分」という。)を増築し、本件住宅の敷地内に別紙物件目録三記載の物置(以下「本件物置」という。)を増築した。
3 原告は、公営住宅法二五条一項、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき、被告に対し、昭和五二年一一月三〇日到達の書面をもつて、昭和五三年六月九日限りで本件建物を明け渡すよう請求した。
4 東京都営住宅条例二〇条一項六号所定の「都営住宅の管理上の必要」は、次のとおり、認められる。
(一) (都営住宅建替の必要性について)
既設の都営住宅は、年数の経過により老朽化している。特に、昭和三五年度までに建設された木造都営住宅の大半は、老朽化が甚だしく、その維持管理に多大の経費を要する。
しかも、これらの木造都営住宅は、現在では既成の市街地の中心部と呼ぶべき地域に多く、居住環境の整備・改善、住宅市街地の防災対策の向上、職住近接の確保、土地の合理的かつ高度な利用等都市開発の適地となつている。
一方、都営住宅の必要は、いささかも減少していない。特に、既成市街地における需要は、職住近接の要求等から極めて高い。例えば、昭和五二年一〇月の新築都営住宅の応募率をみれば、第一種住宅の平均応募倍率は三八倍(最高二〇二倍)、第二種住宅の平均応募倍率は八〇倍(最高二一六倍)である。そこで、原告は、昭和五一年度から同五五年度までの第三期住宅建設五箇年計画をたて、四万三〇〇〇戸の都営住宅の建設を決定した。右建設計画の半分は、木造都営住宅の建替事業による予定である。
右のように、公営住宅の必要性の高い既成市街地において老朽化した既設木造都営住宅を、中高層の鉄筋住宅に建て替えることは、既成市街地の内部において都営住宅の供給量を増大させ、住宅地再開発を推進し、用地取得に要する費用・労力を低減した合理的な都市経営が確保できる等多大の利点がある。そして、公営住宅の供給の促進、居住環境の整備、大都市における都市の不燃化・防災化に貢献する。
(一) (本件住宅の建替の必要性について)
松の木第二住宅は、昭和二六年一二月に建築された木造平家住宅である。すでに耐用年数(二〇年)も経過し、老朽の程度も著しい。
原告は、昭和四六年三月三〇日、土地の効率的利用、建物の不燃化及び居住環境整備の見地から、松の木第二住宅を建替住宅と決定した。昭和五〇年一一月、松の木第二住宅を鉄筋コンクリート造三階建二棟三九戸(後に二棟三〇戸に縮少した。)に建て替える旨計画した。
建替後の松の木第二住宅は、居住面積が38.88平方メートルから五一平方メートルへと増加し、空地は小公園に利用することができ、建物は鉄筋となつて不燃化する。松の木第二住宅の居住環境は格段に整備され、居住戸数の増加も図られる。
(三) (被告との明渡交渉について)
原告は、前記のとおり、昭和四六年三月三〇日、松の木第二住宅の建替を決めた。当時の都政の基本方針であつた「話し合いによる行政」として、可能な限り強制的方法を避け、住民との話し合いによつて都営住宅建替問題を解決することにした。
原告は、昭和五〇年一一月一一日、松の木第二住宅の第一回建替住宅に関する説明会を開いた。その後、数回にわたり説明会を重ねた。入居者各人とも個別に面談した。そして、建替事業について説明し、入居者に対して必要な代替住宅を提供し、移転料も提供した。
被告に対しては、移転料・協力費を支払う、仮入居住宅を用意し、同住宅の使用料を五年間にわたり減額する、新住宅が完成したときは、希望の階に入居ができるようにする、新住宅の入居にあたつて移転料を支払う、新住宅の使用料を五年間にわたり減額すると提案した。
ところが、被告は、本件住宅とその敷地の払下げを要求し、移転を拒否した。
その結果、被告を除く入居者全員から建替について同意を得たにもかかわらず、建替工事のための測量をすることもできない。松の木第二住宅の建替計画は、大幅に遅延している。
(四) (被告の本件住宅使用の必要性について)
被告は、昭和四七年一〇月一五日、横浜市港北区新吉田町四ツ家三八七九番地所在木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅を購入し、昭和四八年一月八日には、その敷地168.59平方メートルを取得した。その後間もなく、妻子を右横浜市の建物に転居させている。
したがつて、被告が本件住宅に居住しなければならない理由は存在しない。
5(一) 東京都営住宅条例一八条二項は、都営住宅を返還しようとする場合において、使用者は、住宅に加えた工作物及び住宅の敷地内に設置した工作物を撒去して原状に復さなければならない旨定める。
(二) 被告は、前記のとおり本件住宅を明け渡さなければならないから、本件建物増築部分及び本件物置を収去すべき義務を負う。
6 被告は、別紙使用料滞納一覧表記載のとおり、昭和五一年一二月一日から昭和五三年六月九日までの使用料合計一四万〇三六一円を支払わない。
(一) 規定使用料 月額五九〇〇円
原告は、次のとおり、本件住宅の従前の規定使用料月額二三五〇円を月額五九〇〇円に増額した。
(1) 従前の家賃(規定使用料)は、著しく現状に適合しなくなつた。
すなわち、都営住宅の既存家賃の多くは、都営住宅建設当初に決定された家賃のまま据え置かれた。昭和五〇年当時の全都営住宅の家賃別割合は、家賃一〇〇〇円以下の住宅が約二パーセント、五〇〇〇円以下の住宅が約五〇パーセント、一万円以下の住宅が約九パーセントであつて、全体的にみてきわめて低額であつた。また、入居者の収入に対する家賃の負担率は平均3.4パーセントに過ぎなかつた。
一方、近年の物価高騰のため、新規住宅の家賃(規定使用料)は、政策的に減額を行い、負担率を収入の一六パーセントに押さえても、なお三万円を超えるなど、高額化している。
(2) 原告は、公営住宅法一三条一項、三項及び東京都営住宅条例一三条に基づき、法定限度額の範囲内において、家賃を変更することにし、昭和五〇年一一月一四日、東京都住宅対策審議会に「都営住宅使用料(家賃)の是正」の可否について諮問した。
(3) 右審議会は、昭和五一年六月二二日、次のとおり答申した。
すなわち、既存住宅の家賃は、諸物価の高騰・所得水準の上昇にともなう経済・社会事情の変動により現状に著しく適合し難くなつていることから、適正妥当な額に是正することとし、公営住宅法一三条三項の変更限度額の範囲内において各要素別に算定する。
(ア) 償却費は、公営住宅法一二条一項の当初法定限度額とする。
(イ) 修繕費・管理事務費は、変更限度額とする。
(ウ) 地代相当額は、「法定限度額に消費者物価指数(地代・家賃)の上昇倍率を乗じたもの」と「固定資産税の評価額相当額に地代率として固定資産税率を乗じたもの」との平均値を調整した額とする。
(4) 原告は、右答申を参考に、本件住宅の家賃(規定使用料)を月額二三五〇円から五九〇〇円に増額し、昭和五一年一二月一日から実施した。
(二) 付加使用料 月額一七七〇円
被告は、第一種都営住宅である本件住宅に引き続き三年以上入居し、収入が月額一一万一〇〇〇円(昭和五二年四月一日からは月額一三万一〇〇〇円)を超えるから、公営住宅法二一条の二第二項、東京都営住宅条例一九条の三、同条例施行規則二〇条により、規定使用料に0.3を乗じた額の付加使用料を納付しなければならない。
被告の規定使用料は、前記のとおり月額五九〇〇円であるから、被告の納付すべき付加使用料は月額一七七〇円と計算される。
7 被告は、前記のとおり本件住宅を明け渡す義務があるにもかかわらず、右義務の履行を怠り、原告に賃料相当額一か月七六七〇円の損害を与えている。
8 よつて、原告は、被告に対し、公営住宅法二五条一項、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき本件住宅の明渡を、同法二五条一項、同条例一八条二項に基づき本件建物増築部分及び本件物置の収去を求めるとともに、前記滞納使用料合計一四万〇三六一円及び昭和五三年六月一〇日から同年一二月三一日までの損害金合計五万一三八九円の合計一九万一七五〇円並びに昭和五四年一月一日から本件住宅明渡ずみまで一か月七六七〇円の割合による損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、被告が本件建物増築部分を建築したことは認め、被告が本件物置を建築したことは否認する。本件物置は原告が設置したものである。
3 同3の事実は認める。
4(一) 同4の冒頭の事実は否認する。
(二) 同4の(一)について
争う。
原告の主張する公営住宅に対する「需要」の中味それ自体が問題である。量としての住宅がすでに充足されてから久しい。今日の住宅政策は、「絶対的住宅不足」が解消され、いかに質の向上を実現するかというところにある。原告が住宅困窮者と呼称する人々の中には、「応接間が欲しい」とか「書斎が欲しい」などといつた人々も多く含まれており、そのほとんどは「狭い」という不満である。原告のいう「住宅困窮者」なる概念はこうした主観的調査の結果でしかない。したがつて、都営住宅に対する「需要」云々といつたところで、右のような人々のために被告ら既存公営住宅居住者が犠牲になつて明け渡さなければならない実態がはたして存在するか否か、全く疑問というほかはない。
仮にある程度の需要が存在するとしても、それはあくまでも公営住宅の大量建設によつて解決されるべきことである。このような需要も国及び都がこれまで住宅建設を一貫して怠つていたことの帰結である。それを既存公営住宅居住者に安易にしわ寄せすべきことではない。原告は、まずその所有する遊休地を公営住宅の大量建設にあて、また、積極的に用地取得等の努力をすべきである。これもしないで、わずかばかりの戸数増のため、居住者の意思に反して建替を云々すること自体不合理である。
また、既存の木造・簡易耐火公営住宅をすべて中高層化するとの方針は、著しく合理性を欠く。住宅を中高層化することの弊害は、すでに常識化しつつある。イギリスでは公営の高層住宅の建設は完全に中止された。これも、住宅環境としての中高層化住宅が居住者に及ぼす精神上及び健康上の悪影響が明らかになつてきたからにほかならない。住宅政策はすでに量から質の時代に入つており、単なる戸数増のための中高層化は否定されている。これに代つて、住環境とコミュニケーションに力点を置いた、例えばテラスハウス等の方式が評価されてきている。したがつて、原告の全面的画一的中高層化構想は、何の合理性もない、官僚の一方的かつ独善的産物でしかない。本件住宅についても、これを中高層化する利点はどこにも存在しない。
(三) 同4の(二)について
松の木第二住宅の老朽の程度が著しいことは争う。
松の木第二住宅は、少なくとも建替開始までは緑につつまれた、小ぎれいな、そして手入れの大変行き届いた住宅群であつた。原告は、ほとんど修理や改良を行わず放置した。必要な住宅の修理や改良は、居住者自らが行つてきた。
(四) 同4の(三)について
原告が昭和五〇年一一月一一日松の木第二住宅の第一回建替住宅に関する説明会を開いたこと、その後も説明会を開いたこと、被告に対して原告主張のような、提案をしたことは認める。
被告は、昭和五〇年一〇月二二日付文書をもつて、突然、松の木第二住宅が建替の対象となつていることを知らされた。同年一一月一一日に説明会が開かれた。原告は、公営住宅法に基づいて行われる建替事業で、居住者の同意・不同意をいれる余地はない、松の木第二住宅を除去した後に建てるのは、二棟の鉄筋コンクリート造り三階建の建物である旨説明した。昭和五一年三月八日、再度の説明会が開かれた。そこで、原告は、居住者の建替に対する同意がないにもかかわらず、建築予定の鉄筋コンクリート造建物の図面を居住者に配布し、測量のため各居住者の庭先を利用することがある旨通知した。
原告の態度は、居住者に有無を言わせず建替計画に従わせるというもので、その実質は強制建替にほかならなかつた。
被告は、原告と何度か折衝した。原告は、昭和五二年九月一二日、杉並区、世田谷区又は目黒区内の原告所有土地建物のうちから本件住宅の代替として適当なものを一か月以内に捜して提供すると約束した。ところが、原告は、何の連絡もしないまま、昭和五二年一〇月一八日付内容証明郵便をもつて、定めた期限内に仮移転住居に移転すべき旨通知してきた。更に、右仮住宅入居手続をしなかつたことをもつて仮移転拒否とみなし、昭和五二年一一月二九日付内容証明郵便をもつて、本件住宅の明渡を求めた。
原告は、建替について居住者の同意を得るための努力を怠り、一貫して誠実さに欠けていた。本件訴訟は、話し合いが具体化の方向をみせた矢先にこれを打ち切り、強権的手段に訴えたものである。
(五) 同4の(四)について
被告が横浜市港北区新吉田町所在の土地建物を買い受けたことは認める。
右土地建物は、知人から旧所有者が一身上の理由で困窮して気の毒であるから買つてやつてほしいと懇請され、窮状を見かねて買い受けたものである。被告は、本件住宅から転出する意思はなく、あくまでも松の木第二住宅に永住する意向である。
5 同5の(一)は争う。
6 同6は争う。
7 同7は争う。
三 被告の主張
(本件建物の明渡請求に対して)
1 建替事業にともなう明渡請求は、公営住宅法所定の手続によらない限り、違法である。
すなわち、公営住宅法は、公営住宅建替事業が土地の効率的利用等の目的に副い適法であるための要件を同法二三条の四をもつて規定し、入居者に対する明渡請求をするには同法二三条の六ないし一〇所定の手続を履践する必要があるとしている。同法は、入居者に対して論理必然的に明渡義務を発生させる建替事業が合理性・必要性を有すべき担保として所定の内容的・手続的要件を充足することを要求している。このような場合にのみ、当該建替事業とこれにともなう明渡請求に公共性を認め、適法性を付与している。
したがつて、右各要件を充足しない建替事業及びこれにともなう明渡請求は、他に根拠がない限り、公営住宅法に違反し無効である。
2 (東京都営住宅条例二〇条一項六号の無効について)
東京都営住宅条例二〇条一項六号は、公営住宅法・借家法にも規定されていない独自の明渡事由を創設したもので、公営住宅法による委任の範囲を逸脱し、借家法六条に違反して無効である。
すなわち、管理上必要があるとは具体的に何を意味するか必ずしも明らかでなく、その基準が具体的に決められるとしても、家主の側の一方的決定に基づいて明渡を請求されるというのでは、入居者の地位を著しく不安定なものとする。このような明渡事由は、借家法や公営住宅法のいかなる規定にも根拠をもつものではなく、無効である。
3 仮に、東京都営住宅条例二〇条一項六号が直ちに無効であるとまでいえないとしても、本件の建替事業にともなう明渡請求は同号にいう「管理上必要がある」場合にあたらない。
すなわち、同条例が委任条例としてはじめて適法視されるものである以上、同条例二〇条一項六号にいう「管理」とは公営住宅法にいう「管理」概念に従うべきである。
公営住宅法は、第三章「公営住宅の管理」において、家賃等に関する債権管理、修繕・保管等の物的管理、賃貸借を生ぜしめる前提としての入居者の選考、右管理関係上必要なものとして列挙された明渡請求及び収入超過等に関して規定する。また、同法二条七号は、「公営住宅の供結」を「公営住宅の建設及び管理をすることをいう。」と定め、「管理」概念と「建設」概念とを分別する。右分別に従い、第三章「公営住宅の管理」の前に第二章「公営住宅の建設」を置いている。そして、「建替事業」が「建設」の要素を含みつつ既存の入居者に対する特別の配慮を要し、かつ、その履行にあたつては既存住宅を「除却」するに足りる強い「公共性」が必要であることから、第三章の二をもつて「公営住宅建替事業」につき規定する。更に、公営住宅を「除却」する場合にはその「用途廃止」をしなければならないが、この「用途廃止」自体「管理」継続が「不適当であると認め」られる場合でなければならず(同法二四条三項)、「除却」が「管理」に包摂されない概念であることは明らかである。
以上のとおり、公営住宅法にいう「管理」とは、同法第三章に規定された当該住宅に関する債権管理、物品管理及びこれらに起因する一定の準則違反を理由とする明渡請求権の行使その他をいうのであつて、新公営住宅の「建設」や、当該住宅の「除却」と新住宅の「建設」とを包含する「建替」とは異なる概念である。
したがつて、東京都営住宅条例二〇条一項六号にいう「管理」も、右のような公営住宅法の定めた「管理」概念をうけたものであり、しかも同号が何ら帰責事由のない入居者に不利益を課しうることからすれば、同号の「管理」概念は厳密に公営住宅法所定の趣旨に限定されるべきであり、原告ら主張の建替の必要は同号の「管理上必要がある」場合に該当しない。
仮に、本件のような建替事業にともなう明渡請求を同号にいう「管理上必要がある」場合に該当すると認めると、解釈上の不整合をきたす。例えば、同条例一九条の一〇は、建替事業にともなう明渡猶予の期限を「六月」以上と定め、同法二三条の六第二項の「三月」以上との規定をより入居者に利益に定めている。ところが、同条例二〇条一項六号によれば、同条二項により即時明渡義務が生じ、しかも入居者は都営住宅の使用関係にともなう何らの請求権も行使し得ないことになる。これでは、公営住宅法の要件を具備せず、その意味で公共性に乏しい「任意建替」の場合に、同法所定の建替の場合より入居者に対し多大の不利益を被らせる結果となり、その不合理性は明白である。
要するに、公営住宅法及び東京都営住宅条例は、その規定の構造及び形式上、建替事業にともなう明渡請求に同条例二〇条一項六号の適用を予想しておらず、同号所定の「管理上必要がある」場合には本件の如き建替事業にともなう明渡請求を含まないものというべきである。
4 仮に東京都営住宅条例二〇条一項六号の「知事が管理上必要があると認めたとき」に、建替事業にともなう明渡請求をする場合が含まれるとしても、本件においては、管理上必要がある場合に該当しない。
すなわち、公営住宅法は、昭和四四年改正により、第三章の二を追加して、建替事業に正当性・公共性を是認すべき条件として幾つかの入居者保護規定を設け、また、幾つかの建替事業実施のための要件を定めた。つまり、借家法一条の二の正当事由として考慮される幾つかの事情が、明渡の適法性を決定する規準として厳格に明定された。公営住宅法は、借家法一条の二の正当事由をより入居者保護のために絞つたといえる。
「法定建替」における明渡請求権発生の根拠が右のように入居者保護に手厚いものであれば、建替事業自体としてより公共性の少ない「任意建替」においてより手厚い保護が要求されないわけがない。それゆえ、東京都営住宅条例二〇条一項六号の「知事が管理上必要があると認めたとき」の解釈もこうした趣旨を踏まえてされるべきである。つまり、昭和四四年改正後の公営住宅法は、同条例二〇条一項六号を公営住宅における正当事由として、借家法一条の二以上の事情を要するものに格上げしたのである。
本件住宅は、大規模な修繕を要する事情になく、破損・腐朽の程度が甚しいとも認められないから、借家法にいう正当事由と対比しても東京都営住宅条例二〇条一項六号によつて明渡請求権を発生せしむべき理由のないことは明白である。
まして、本件では、原告の主張する本件住宅建替の必要性のほかに、被告の入居当時の払下げ約束、公営住宅法の立法趣旨、その改正の経緯等があわせ考慮されなければならないから、原告の右主張に理由のないことは一層明白である。
(家賃の変更について)
5 原告の賃料増額請求は、居住者との協議を行うことなく一方的に実施されたものであり、不当である。
公営住宅の家賃もまた私法上の賃貸借の賃料と変わるところはなく、家賃の値上げは借家法七条による増額請求によりその効果が一方的に発生する。しかし、それが私法的契約関係である以上、その増額請求は、本来あくまで当事者の協議にまかされるべきである。
ところが、原告は、本件の家賃の増額請求にあたつて、被告を含む公営住宅居住者らと一度も協議を行うことなく、一方的な値上げに踏み切つたものであり、はなはだ不当なものといわざるを得ない。
6 公営住宅法施行令四条の四は、固定資産税評価額相当額の六パーセントを同法一三条三項に規定する地代に相当する額と定める。しかし、右施行令四条の四は、以下のとおり、公営住宅法一条の目的に反し、憲法二五条に違反するとともに、公営住宅家賃の変更を原価主義の枠内で行うべきことを前提として政令に地代の計算方法を委ねた同法一三条三項にも違反し、無効である。
すなわち、公営住宅法は、家賃について原価主義(当該住宅の建設時期における原価を固定する考え方)を基本としている。事業主体が、民間の営利家主と同様に、土地の高騰による利益を吸い上げ、利潤を得てゆくことを予定していない。したがつて、同法一三条一項一号の「物価の変動に伴い家賃を変更する」場合の増額請求の範囲には、地代に相当する額は含まれず、管理費・修繕費など原価主義の上からも物価の変動にともない現実に変動せざるを得ない項目に限られる、と解すべきである。
実質的にみても、地価の高騰をまねいた原因は国の経済政策の不備にある。これに便乗して国や地方公共団体が公営住宅家賃を増額しようとする姿勢自体に誤りがある。また、地価の値上りといつても、それは主として住宅用地としてではなく、商業業務用地としての利用をも考えられるからである。一般の土地と異なり、第三者に時価で売却したり、営利的な使用収益が全く予定されていない公営住宅の敷地について、民間地主と同様の利回り計算を基礎とした家賃変更制度をとること自体、公営住宅の性格に著しく反して許されない。更に、仮に公営住宅として利便が高まり、その結果地価の値上りが生じたとしても、それは、公営住宅居住者がみずから街づくりを行い、環境を整備してきたためであり、原告がこれに寄与したところはほとんどない。
このように考えると、同法一三条三項の「地代に相当する額」とは、地価の高騰に比例するものでなく、当該住宅の建設に要した土地取得・造成費又は建設年度における固定資産評価額相当額から、すでに居住者らの支払つた家賃によつて償却されている部分(既償却分)を控除したものを基礎とすると解するのが相当である。
したがつて、公営住宅法施行令四条の四の規定は、不合理であり、前記のとおり無効である。したがつて、同条項に基づく家賃の変更もまた無効である。
仮に、同法一三条三項が、同法施行令の定める地代の決定方法を許容するものであるとすれば、同条項も憲法に違反して無効であるから、これら政令・法律を根拠とする増額請求は、無効である。
7 原告が被告に対して修繕費及び管理費について増額を請求することは、以下のとおり、いずれも正当な理由を欠き、信義則に反して無効である。
(一) 原告は、被告ら木造住宅の居住者に対して、これまで修理らしい修理をしたことはなく、今後も原告がこれら住宅を修理・改良することは考えられない。
このように、これまで修繕を怠り、今後も行うつもりのない原告が、被告らに対し修繕費の増額を請求することは、明らかに信義則に違反する。
(二) また、原告は、これら木造住宅の居住者らに対し、収入調査を実施し、いわゆる高額所得者に明渡を迫り、その意に反して建替計画に基づく明渡を強要するなど、明渡政策を露骨に遂行しながら、一方で、それらの被害者である被告らに対し、そのための費用(管理費)の増額を請求することも、信義則に反する。
四 被告の主張に対する反論
1 被告主張1は争う。
公営住宅法は、第三章の二に規定する公営住宅建替事業(いわゆる法定建替)の場合以外は建替を許さない趣旨ではなく、右法定建替以外の公営住宅の建替(いわゆる任意建替)も是認している。
昭和三〇年代終りから、公営住宅の建設地は、用地取得難のため、市街地から遠隔地化する傾向があつた。一方、相当以前に建設された公営住宅は、市街地に建設されたものが多かつたが、その大部分は木造住宅で老朽化していた。そこで、老朽化した木造住宅を高層又は中層の公営住宅に建て替えて、住宅が不足する低額所得者に公営住宅を大量に供給することが急務となつた。
ところが、公営住宅法は、建替事業について何ら規定していなかつた。条例あるいは借家法一条の二を根拠に建替のための明渡を請求したが、ともすれば事業の円滑な推進が阻害された。
そこで、公営住宅法は、第三章の二に公営住宅建替事業に関する規定を追加して、建替事業を強制的に実施できる要件を明確化し、建替事業の推進を容易にした。
右のような公営住宅法第三章の二の制定経過から明らかなように、同法第三章の二は、建替事業の要件を明確化することによつて強制的に建替事業の推進を図る目的で制定されたものであり、任意建替を全く認めない趣旨ではない。
建設省の通達にも、任意建替が許されることを明らかにするもの、あるいはそのことを前提とするものがある。
2 同2は争う。
都営住宅の利用関係は、基本的には期間の定めのない借家関係であるから、正当事由に基づく解約申入れによつて、入居者との借家関係を一方的に終了させることができる。
東京都営住宅条例二〇条一項六号は、右のことを前提として、知事が都営住宅の管理上必要があると認めたときには明渡請求をすることができると規定したものである。借家法一条の二が正当事由を有する場合は解約申入れできると規定したのと同趣旨の規定である。同条例は、「正当事由」という表現に代え、「都営住宅の管理上必要がある場合」と規定しているにすぎない。
また、都営住宅の建替は、建物の耐用年数を考慮したうえ、用地の取得難、建物の不然化、環境整備等の見地に立つて決定され、実際の運用においても、法定建替の手続に準じて、代替住宅の提供、移転料の支払、家賃の減額等の措置を講じ、入居者が不当に不安定な地位におかれないように十分配慮している。
3 同3は争う。
4 同4は争う。
都営住宅の建替は、きわめて公共性の高いものである。法定建替であろうと任意建替であろうと、その公共性に差異はない。これに対して、被告がなぜ本件住宅で居住を続けなければならないか、被告が本件住宅を明け渡すことにより具体的にいかなる不利益を被るのか、不利益を被るとしても通常人の受忍し得ない程度のものであるか否かについては、みるべき主張はない。これは、被告が横浜市内に土地建物を所有し、妻子を居住させているため、本件住宅に居住する必要がないからにほかならない。
5 同5は争う。
6 同6は争う。
7 同7は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二請求原因2の事実中、被告が本件建物増築部分を建築したことは、当事者間に争いがない。
しかし、被告が本件物置を建築した事実を認めるに足りる証拠はない。
三請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。
四そこで、東京都営住宅条例二〇条一項六号の趣旨について検討する。
1 公営住宅法は、国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を建設し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とし(同法一条)、公営住宅の建設・管理等について規定する。したがつて、公営住宅の使用関係については、右目的に副つて特別に立法された公営住宅法の規定がまず適用されるべきである。しかし、公営住宅法には、借家法及び民法の適用を一切排除する趣旨の規定は見当らず、同法自体が賃貸・家賃・敷金という用語を用いていることからしても、同法に特段の規定のない場合には、借家法及び民法が適用されるものと解するのが相当である。
2 ところで、公営住宅法二五条一項は、事業主体が公営住宅の管理について必要な事項を条例で定めることを認めているが、法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例を制定することは許されない(憲法九四条、地方自治法一四条一項参照)から、公営住宅の使用関係に適用される法令の規定又はその趣旨に反する条例は、その効力を有しないものと解される。
3 これを東京都営住宅条例二〇条一項六号についてみるに、公営住宅法には公営住宅の管理上必要があるときには明渡を請求しうることを認めた明文の規定も、そのような明渡を認める趣旨の規定も見当らない。したがつて、東京都営住宅条例二〇条一項六号は、公営住宅法の規定だけでみる限りは、法令の認めていない明渡事由を定めたもので無効ではないかとの疑がないわけではない。
しかしながら、条例の規定は可能な限り法律と調和しうるように合理的に解釈されるべきであつて、この見地から前示の公営住宅の使用関係に適用される法律関係に即しこれと調和しうるように右条例の規定を解釈すれば、東京都営住宅条例二〇条一項六号にいう「知事が都営住宅の管理上必要があると認めたとき」とは、借家法一条の二の「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ非サレハ……解約ノ申入ヲ為スコトヲ得ス」と同趣旨の規定を、都営住宅の管理者である知事の立場から規定したものであると解するのが相当である。したがつて、右規定にいう「管理上必要がある」か否かは、都営住宅管理者と入居者との双方の利害関係、その他社会的・客観的な立場から諸般の事情を考慮し、社会通念に照らし明渡を認めるのが妥当か否かの見地から考察すべきである。そして、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき明渡が認められる場合には、明渡請求をした日から六か月を経過したときに使用関係は終了するものと解すべきである。
以下、右の見地から管理上の必要があるか否かについて、検討する。
五<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(都営住宅の建替の必要について)
1 わが国の住宅事情は、一応量的には充足されたといわれる。しかし、家賃の安い公営住宅に対する需要はなお高い。特に、東京都等大都市では、公営住宅に対する需要が多い。ちなみに、昭和五二年一〇月の新築都営住宅の公募において、第一種住宅の平均応募倍率は約三八倍(最高約二〇二倍)、第二種住宅の平均応募倍率は約八〇倍(最高約二一六倍)となつている。
2 ところが、用地の取得が難しいことから、古くなつた公営住宅を建て替える方針が一般にとられている。
原告においても、昭和三九年ごろから、老朽化した木造都営住宅(多くが交通の便のよい市街地にある。)を中高層の鉄筋アパートに建て替え、都営住宅に対する需要に答えるとともに、都市の不然化・環境整備を図ることにしている。
(松の木第二住宅の建替等について)
3 都営松の木第二住宅は、東京都杉並区松の木二丁目一三五一番の都有地3762.5平方メートルにある。昭和二六年一二月に建築された一六棟二三戸からなる木造平家建の都営住宅であつた。
4 松の木第二住宅の所在地は、第一種住居専用地域にあり、第一種高度地区・第二種風致地区にあたる。
5 原告は、昭和四六年三月、松の木第二住宅が耐用年数(二〇年)を経過するので、建替対象住宅とした。
6 原告は、昭和五〇年に、松の木第二住宅を鉄筋コンクリート造三階建四八戸(後に二棟三〇戸と計画変更した。)に建て替える計画をたてた。
7 原告は、被告を含めた松の木第二住宅の入居者と建替及び明渡について交渉した。その交渉経緯は、おおむね次のとおりである。
(一) 昭和五〇年一一月一一日、第一回建替説明会を開いた。被告を含めた建替反対者一〇名は欠席した。昭和五一年三月一八日、第二回建替説明会を開いた(原告が昭和五〇年一一月一一日に第一回説明会を開いたこと、その後も説明会を開いたことは、当事者間に争いがない。)。
(二) その後、居住者との建替交渉は個別に行われた。
(三) 昭和五一年六月、原告は、転出予定者に対し、建替にともなう仮移転住宅を提示し、転出予定者の希望を聞いた。
(四) 昭和五一年七月、被告に対し、仮移転を要請した。
(五) 昭和五一年九月、一〇世帯が仮移転し、一〇戸が空き家となつた。うち五戸を除却した。
(六) 昭和五二年三月一日、第一期建設地内の居住者一世帯が移転した。これで、被告が移転すれば、第一期工事に着手することができる状態になつた。
(七) ところが、被告は、移転に同意しなかつた。
(八) 昭和五二年四月、原告は、被告に対し、仮入居住居(都営本天沼二丁目アパート)を提示し、五年間使用料減額の制度がある、移転料・協力費を支払う、入居した住宅に永住することも仮入居の選択も可能である、自力で転出する場合には土地住宅資金融資を受けられる旨説明した(なお、原告が、移転料・協力費を支払う、仮入居住宅を用意し、同住宅の使用料を五年間にわたり減額する旨提案したことは、当事者間に争いがない。)。
(九) 被告から、建替工事に計画変更があつたのであるから、説明会を開くよう要求され、原告は、昭和五二年六月三〇日、第三回建替説明会を開いた。
(一〇) 昭和五二年七月、八月、九月と、被告に対し、仮移転を要請した。
(一一) 原告は、被告に対し、昭和五二年一〇月一八日付内容証明郵便をもつて、仮移転住宅(都営本天沼二丁目アパートないし都営南台三丁目アパート)を提示し、使用料を減額する制度がある、移転料等を支払う旨建替事業への協力を要請した。
(一二) 原告は、被告に対し、昭和五二年一一月二九日付内容証明郵便をもつて、昭和五三年六月九日限り本件住宅を明け渡すよう通知した(右明渡を請求したことは、当事者間に争いがない。)。
8 昭和五二年一月当時、松の木第二住宅の建替工事は、昭和五一年度に一棟の建築に着手し(いわゆる第一期工事)、昭和五二年度にもう一棟を建築する計画であつた。そして、第一期工事は、昭和五二年三月に着手を予定していた。しかし、被告が前記のとおり仮移転に同意しないため、第一期工事に着手することができないでいる。
(被告の本件住宅使用の必要性について)
9 被告は、昭和三六年五月一三日に本件住宅に入居した(右事実は当事者間に争いがない。)。被告は、東高円寺クリニック診療所に勤めている。妻と子供二人の四人家族である。
10 被告は、昭和四七年一〇月一五日、横浜市港北区新吉田町四ツ家三八七九番地所在木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅を購入し、昭和四八年一月八日には、その敷地168.59平方メートルを取得した(右事実は当事者間に争いがない。)。
11 被告の妻と子供二人は、住民登録上、昭和四八年三月一八日に右横浜市に転出したことになつている。
12 昭和五四、五五年ごろの本件住宅のガス・水道・電気の使用量からして、本件住宅で被告の家族が生活していることは考えられない。電話帳では、被告の住所地は前記横浜市となつている。本件の訴状は、右横浜市の住所地で被告に受領されている。
六前記五で認定した事実によれば、1 木造で古くなつた都営住宅を建て替える必要性は肯定することができる(中高層アパートに建て替えることに対して、被告指摘のような反対論があつたとしても、原告の建替政策自体が法律上違法であるとはいえず、また、公営住宅建替の必要性そのものを否定することはできない。)、2 松の木第二住宅は、木造平家建の都営住宅で、建築後二〇年以上を経過している、3 被告は、横浜市に土地建物を所有し、生活の本拠をすでに移転させているから、本件住宅で居住を続けなければならない必要は全くない、4 松の木第二住宅の第一期建替工事は、他の入居者が移転に応じたにもかかわらず、被告一人の反対で着工することができない、と認められる。右指摘の事実に前記五で認定した事実を総合すれば、原告の明渡請求には本件住宅の使用関係を終了させるに足りる管理上の必要がある、と認めるのが相当である。
七(被告主張1ないし4について)
1 (被告主張1について)
公営住宅法第三章の二は、従前、同法が公営住宅の建替に関する規定を欠き、そのため公営住宅の建替事業を円滑に施行することができなかつたことから、一定の要件を備えた建替事業については、その施行にともない現に存する公営住宅を除去する必要がある場合に仮住居の提供・移転料の支払等の入居者保護を義務付けたうえ、当然、入居者に対し明渡請求をすることができる旨の規定を設け、強制的に建替事業を実施することができることとし、その促進をはかろうとしたものと解される。しかし、同法が公営住宅建替事業に関する規定を設けたのは、右のような趣旨にとどまるものであつて、公営住宅法所定の要件を満たさない建替事業を一切許さないものでありまた建替事業にともなう明渡は同法所定の手続によらない限り一切許さない趣旨であるとまで解しなければならない根拠は、見いだし難い。公営住宅法によらない建替事業においても、入居者全員が任意に明け渡しをすれば建替事業はなんら支障なく施行することができるのであり、また、明渡を拒否する入居者がある場合でも単に建替事業の施行にともなう公営住宅除去の必要だけでなく、公営住宅管理者と入居者との事情その他諸般の事情を考慮して明渡請求が許される場合があると解するのが相当であり、これによつて建替事業を施行することはなんら妨げられないものというべきである。
したがつて、被告の主張1は失当である。
2 (主張2について)
東京都営住宅条例二〇条一項六号を無効と解する必要のないことは、前記五で説示したところから明らかである。
したがつて、被告主張2も失当である。
3 (主張3について)
東京都営住宅条例二〇条一項六号の「知事が都営住宅の管理上の必要があると認めたとき」との規定は、前示五のような趣旨に解されるのであるから、右「管理」の意味を被告主張のように限定して解する必要はない。
したがつて、被告の主張3も失当である。
4 (主張4について)
公営住宅法が公営住宅建替事業について規定したことから、同法が借家法一条の二の正当事由をより入居者保護のために絞つたと解すべき理由は、見いだすことができない。したがつて、昭和四四年改正後の公営住宅法が借家法一条の二以上の事情を要するものに格上げしたとの独自の見解を前提とする被告の主張4は、失当である。
また、その他被告の主張するところによつても、前示六の認定を覆すことはできない。
八本件住宅の使用関係が東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき消滅したのは、前示のとおりであるから、被告は、本件住宅を返還しなければならない。
とすれば、被告は、同条例一八条二項に基づき、本件建物増築部分を収去すべき義務があると解される。
九(使用料について)
1 (規定使用料について)
<証拠>を総合すれば、(一) 昭和五一年当時、物価の変動にともない本件住宅の家賃を変更する必要があつた、(二) 原告は、法定限度額の範囲内で、本件住宅の家賃を昭和五一年一二月一日から月額二三五〇円を月額五九〇〇円に増額した、と認められる。
2 (付加使用料について)
<証拠>を総合すれば、(一) 被告は、第一種公営住宅である本件住宅に引き続き三年以上入居している、(二) 被告の昭和五一年度の年収は三六三万四〇〇〇円、昭和五二年度のそれは三一三万九六〇〇円であり、公営住宅法施行令一条三号にいう「収入」は一一万一〇〇〇円(昭和五四年四月一日からは一三万一〇〇円)を超える、と認められる。
とすれば、被告は、公営住宅法二一条の二第二項、東京都営住宅条例一九条の三、同条例施行規則二〇条に基づき、月額一七七〇円の割増賃料を支払う義務がある。
3 (被告の主張5について)
公営住宅法及び東京都営住宅条例をみても、家賃を変更しようとするとき居住者と協議しなければならない旨定めた規定は存在しない。
したがつて、原告が被告と協議しなかつたからといつて、前示家賃の変更が無効になると解する余地はない。
4 (被告の主張6について)
被告の主張は、地価の高騰を地代相当額に反映させることが違法違憲であるというにあるものと解される。しかし、家賃の算定において地代の上昇を考慮すること自体が違法違憲であるとする理由を見い出すことはできない。
したがつて、被告の主張6も失当である。
5 (被告の主張7について)
被告が主張するところをもつてしても、前示家賃増額が信義則に違反するとまで解するのは相当でない。
したがつて、被告の主張7も理由がない。
一〇本件住宅の使用関係が昭和五三年六月九日の経過をもつて(なお、東京都営住宅条例二〇条一項六号の明渡は、請求した日から六か月経過したときにその効力を生ずると解すべきことは、前示のとおりであるが、六か月経過後を明渡期限とすることは許されると解する。)消滅したことは、前示のとおりである。右事実と弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和五三年六月一〇日以降、本件住宅の明渡義務の履行を怠り、原告に対し、少なくとも一か月七六七〇円を超える本件住宅の適正賃料額相当の損害を与えている、と認めるのが相当である。
一一以上検討したところによれば、本訴請求は、本件住宅の明渡と本件建物増築部分の収去、並びに、滞納使用料と損害金との合計一九万一七五〇円及び昭和五四年一月一日から本件住宅明渡ずみまで一か月七六七〇円の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(越山安久 小林正明 森義之)
<別紙省略>